日本語でのコメントが下に掲載されています
Happy New Years to all! #BlackEye is back! To begin the year I’m gonna do something I began last year: I’m gonna let Japanese people talk about Blackness in Japan. After all, when all is said and done, Japanese people will decide for themselves whether Blackface is a good look for an advanced nation in the spotlight of the world stage in the years to come. Several of our Japanese brothers and sisters have spoken up and what they have to say we need to hear! I want to thank the courageous Japanese women and men who contributed their thoughts and feelings to this article, and hope they reach the people who need to hear them the most. English readers can read the Japan Times article in ENGLISH here: TIME FOR JAPAN TO SCRUB OFF BLACKFACE – FOR GOOD
先日、貴方のブラックフェイスについての記事を拝見し、どうしてもお伝えしたいことがあり、勝手ながらメールさせていただきました。
今回の件について、私自身日本人として、この国のあまりの人権感覚に対する無知さを、本当に恥ずかしく思っています。
昨今、日本において(特に若い世代の人たちの中で)、アフリカ系アメリカ人の文化が称賛され、受け入れられ、大きなトレンドの一部となっている事に対し、良い意味で目を見張るものがあると感じる反面、どこかで違和感を感じていました。なぜなら、ある種の流行として捉えられているアフリカ系アメリカ人の文化や習慣、生き様は、長年に渡る人種差別や偏見に苦しみ、悩まされ、社会的スティグマから生まれた貧困の連鎖の中、それでも生き抜くために生まれた歴史から成り立つものであると思うからです。
例をあげるならば、ブラックコミュニティーから成り立つゲットーのライフスタイルや文化を、実際にそこで生まれ育つことはどういう事なのかということを全く知らず、想像することもなく、ファッション感覚で真似ているようなものだと思います。(これで私自身が伝えたいことが上手く表現できていれば良いのですが、、)
私自身、普段からテレビを見る人ではありません。そんな私が唯一年に1度だけ純粋な娯楽として見る番組が、あの大晦日恒例のお笑い番組です。あの日、例年に習い、番組を見ていた時、ブラックフェイスの方の姿を見た瞬間、なんとも言えない気まずさと、ある種の苛立ちを覚え、すぐにテレビを消しました。そしてしばらく、テレビの前で考えこみました。これは、ただ単に私自身がひねくれた感覚でしか物事を見れない日本人であるが故なのか、もしくは、おなじような気持ちで見ていたアフリカ系アメリカ人が少なくとも一人は存在するのではないかと。それ以来、そのことをずっと考えていました。
貴方の記事をみて、大晦日からずっとくすぶっていた思いを、どうしても伝えたく、今日メッセージさせていただきました。
貴重なお時間を使って、このメッセージを読んでいただき、ありがとうございました。
God Bless
突然のメッセージで申し訳ないです。私は小松成人と申します。普通の大学生です。
今回メッセージを差し上げたのは、お礼を言いたかったからです。blackfaceが欧米では人種差別だと認識されることを日本に広めていただきありがとうございます。おそらく分かっておられると思いますが、日本人は黒人に対して差別的勘定を抱いている訳ではないですが、バカバカしいほどに人種問題に関して無知です。しかし、あなたがツイッターに投稿された通り、無知は言い訳にはなりません。あなたの考えを強く支持します。
日本はまだ移民を受け入れる国としての認識は得ていませんが、人口減少とそれに伴う内需の低下をカバーするために将来的には移民を受け入れることになるでしょう。その時、今回のように人種だけでなく、文化や宗教などに関して誤解が生まれないよう、日本人は努力すべきであると考えています。
しかし、そのためには日本人が自ら動くというよりは、McNeilさんのように日本に長く住む外国人から教えていただくのが最善だと考えます。ですので、人種に関して無知で興味のない日本人の先生になっていただきありがとうございます。これからも日本人が国際認識から外れるようなことがあれば、彼らに教えてあげてください。改めてありがとうございました。
トガサキ ノリヒロ
素晴らしいキャンペーンだと思います。日本は世界が抱えている問題に真摯に向き合わなければならない。このキャンペーンは日本自身を救う取り組みになると思います。
ブラックフェースはすぐに止めるべきです。ブラックフェースをする必要性はないし、いかなる人を傷つける中傷行為も許されるべきではありません。日本には多様なバックグラウンドを持つ方が生活しています。全ての人が嫌な思いをせず(差別を受けず)生活できる環境を整えることが日本(に住む人すべての人)の使命だと強く感じます。このような中傷行為が日本で起こっていることが悲しいし、日本人として恥ずかしいです。
ついに日本でもこの事について話し会う時が来たという感じです。おそらく99%の日本人がブラックフェイスが間違っているという事を知らなかったのではと思いますが、どれほど西洋人(或いは日本人以外の人)が嫌悪感を抱いているかということに向き合うべきだと思います。そして忘れてはならないのが嫌悪感を抱いているのは黒人の方だけではなく “白人の方も同じ” であるということです。
日本人は今すぐブラックフェイスを止めるべきです。多くの日本人の方はこれは黒人へのリスペクトであると言います。では何故リスペクトしている黒人が嫌だと言っている事に耳を傾けないのでしょうか?またこれは人種差別ではなくジョークだと言いますが、世界中で多くの人がタブーであると言い、嫌悪しているという事に耳を傾けないのでしょうか?親切で礼儀正しいとして知られている日本人はこの場合にはそうではないのでしょうか?
やなぎさわ まどか(フリーランスライター)
黒塗りと呼ばれる「ブラックフェイス」は日本だけでなく、どの世界でも続いて欲しくない。理由はこれが人種差別と切り離せない問題であるから。多様な人種の存在はこの世界に住む人たちの心を豊かにする要因であり、他の人種を単一的なイメージでまとめる、それ自体が差別的なのだ。わたし自身は黒人でなくても、この世界ですべての差別を望まない1人としてブラックフェイスを過去のものにしたいと願う。
大抵ブラックフェイスをしている側に差別の意識はなく、むしろ黒人や黒人文化への敬意、さらには表現者としてのサービス精神でしていることがほとんどだが、残念ながら目に見えない内側の意志は周囲に伝わらない。敬意を示すのであれば、外見よりも心の中に自分なりの色を持てばいい。
シイナ ヨウ
「差別や偏見の意図はなかったと思う」というコメントは論理的には的外れなものです。問題はその行為(例えばブラックフェイス )の「影響」であって、行為者の「意図」ではないからです。問題である理由は、その影響による潜在的偏見の助長です。ステレオタイプ化の個々の事例には、実質的(計測可能な)影響はないかもしれませんが、累積的には負の影響となり得ます。これは法的な問題ではありませんが、市民の意識(注:元コメントは英語でcivicという言葉を使っていますが、これは日本語に訳しづらい言葉です)の問題でしょう。
先日、ローガン・ポールというユーチューバー(注:ユーチューブを使って番組を配信し閲覧数によって収入を得る人々)が、日本に旅行し、早口の英語でまくし立てながら日本の人々をからかうビデオを配信しました。彼には、差別するどころか、何の害を加える「意図」もなかったかもしれません。単なる冗談だったのでしょう。けれども多くの日本人や日本を愛する人々は嫌悪感と怒りを覚えました。ポール氏の行為は犯罪ではないし、「意図的」でもないかもしれません。けれども、少なくとも受け取る側にとっては、負の影響がありました。
日本の文化は様々な点で、洗練され、礼節を重んじるものです。そしてその大部分は、他の人の気持ちを慮ることに注意を払うことからきています。それならば、例えばブラックフェイスのような「冗談」が、世界という文脈において、ポジティブな影響を与えるものか、ネガティブな影響を与えるものか、バランスのとれた見方を試みても良いのではないでしょうか? 日本の洗練を、さらに上のレベルにしようではありませんか。
Thanks again for adding your voices to this discussion about Blackface in Japan!
Love, Baye